仕事を進めるアトリエでは、バッハの曲が流れている。
パイプオルガンの低音が心地よく、懐かしささえ感じる。
 私の育った雪国では、広大な白い風景の中から険しく、
低い風音が響いていた。その風音を受けて歩いていると、
自然と足が動かなくなったことがある。虚無な空間の中
で何か見えない存在と向き合っているような、不思議な
時間が流れていた。それらの時間は現在でも私の体の中
で迂回しているように思える。
 アトリエでの仕事とは表層の向こうにある何かを描き
出したいと願うことからはじまり、私という人の、眼の
記憶、心象世界を旅しながら、かたちのない心のざわめ
きを、物や風景の奥底からあぶり出そうと画面との対話
を試みる時間である。

後藤 秀聖


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